サハラ砂漠マラソン。日中は50℃を超え、背中には一週間分の食料と寝袋を。 ここは、走る大会ではない。「自分と出会う」ための旅だ。 このサイトは、これから挑むあなたのために、 知っておいてほしいことを全部置いていく場所。
このサイトの全ての内容は、以下の一次情報と先輩ランナーの公開記録から組み立てました。 あなた自身の目で、直接確かめてほしい。
大会日程・エントリー・レギュレーション・医療要件。まず最初に目を通すべき英/仏語の一次情報。
marathondessables.com →各年のハイライト映像・スタートライン・表彰台・現地の空気感。まずここから。
YouTube →日本人ランナーの挑戦Vlog。日本語で装備・トレーニング・心境を発信している貴重なチャンネル。
YouTube →MDS参加のリアルを英語Vlogで凝縮した人気動画。初見の人におすすめ。
YouTube →日本人MDS挑戦者のコミュニティ。2025年で運営終了。過去投稿は参考資料として閲覧可能。
Facebook →出場決意 → 直前 → 出発 → 完走後までを時系列でドキュメント化した、日本語で最も詳しい参加者連続動画。
YouTube →世界冒険者ドットコムが集めた、日本人参加者たちの生の声。装備・食事・心境の参考に。
Read →日本人女性のMDSドキュメント。内面の変化まで書かれた必読書。
Amazon →YouTube動画9本、Facebook投稿者6名、体験記集、書籍、メディア記事をまとめた「先輩の知恵」ページへ。
wisdom.html →MDS公式サイトと英語の案内だけでは、日本人にとっては情報が足りない。 先輩ランナーの記録と、実際に走って見えてきたリアルを全部書く。 「やる意味」も「装備リスト」も「リタイアしたあとの空港での過ごし方」も、 ここに置いていく。次に行くのは、あなたかもしれない。
まず「やる意味」から読んでほしい。数字や装備は、そのあとでいい。 最終的には、全部読んだら、あなたの背中に250kmを背負う準備ができている。
1986年に始まり今年で40周年。7日間・全6ステージ・自給自足。世界最過酷と呼ばれる理由。
マラソン未経験者でも、なぜサハラへ行くのか。「やる意味」をめぐる物語。
出発前夜、マラケッシュ、ワルザザード、ビバーク、Stage 1〜6、帰国まで。時系列の現場ドキュメント。
水膨れ対策、帽子の中に入れる布、サーフボード、忘れちゃいけない歯ブラシ。
フルマラソン未経験でも走れるのか?1年前から直前までの現実的な準備。
アルファ米・味噌汁・モーリヤン・タジン鍋。過酷な一週間を乗り切る食の設計。
羽田→イスタンブール→マラケッシュ→ワルザザード。移動が一番しんどい。
誰も書いてない、DNFした人だけが知る風景。バス1番後ろは避けたほうがいい。
過去のNOTE・書籍を束ねた「集合知」。1人の体験より、100人の共通項を読む。
サハラ以外にもまだやりたいことがある。あなたのリストはいくつ書ける?
家族・友人向け。ライブトラッキング、メッセージ、SNS、衛星通信など「一緒に走る」ための5つのツール。
1人で行くより、仲間と行く。コミュニティ、次回大会日程、申込の流れ。
スタートラインから、夕陽、星空、テント、最後の砂丘まで。 サハラの7日間を、イメージとして先に受け取ってほしい。
※ 画像は本サイト用のオリジナル・イラストレーションです(現地写真は各先輩ランナーの公開記事を参照してください)。
お金を稼ぐのが上手い人ほど、使うのが下手だと言われる。将来の不安のために貯めていても、 20代の100万と60代の100万は違う。歳を重ねると、歳のせいにして色々できなくなる。 だから、やりたい事は、やれる時にやる。
仕事が休めないという人も多い。でも余命1か月と宣告されたら、みんな仕事を辞めるはずだ。 永遠に生きると思うから、働き続けるだけで終わってしまう。お金を貯めるのは、30代からでいい。 若いうちは、稼いだお金を使う練習をしてほしい。
サハラは、それを教えてくれる場所だ。
2027年のエントリーは5月から始まる。終わったと思ったら、もう次が始まっている。 もしあなたが少しでも「やってみたい」と思ったなら、このサイトはきっと役に立つ。
モロッコ南部のサハラ砂漠を、7日間・6ステージ・約250kmにわたって走破する、自給自足のステージレース。 公式名称は「Marathon des Sables(マラトン・デ・サーブル/MDS)」。 1986年にフランス人の Patrick Bauer が始め、2026年で40周年を迎えた、世界最過酷と呼ばれるアドベンチャーレース。
1986年、アルジェリア出身のフランス人 Patrick Bauer が「砂漠を走り抜ける」という 自分自身の冒険から生まれたレース。最初はたった23人の参加者だった。
今や世界50カ国以上から1500人を超えるランナーが集まる、 ウルトラマラソン界で最も象徴的な大会の一つ。 エリートランナーもいれば、「走ったことない人」もいる。 エントリーにタイム制限はない。覚悟と準備さえあれば、誰でもスタートラインに立てる。
会場はモロッコ南部、ワルザザード(Ouarzazate)からバスで数時間入った砂漠の只中。 毎年コースは変わるが、石ころの乾いた大地、アップダウンの激しいエルグ、 そして真っ白な大砂丘を含む、サハラの多彩な顔を全部見ることになる。
参加者は 1週間分の食料・寝袋・装備をすべてザック(リュック)に詰めて 走る。 主催が配給するのは、水(チェックポイントごとにラベル付きで配布)と、 夜のビバーク(キャンプ地)の開放型テントのみ。
テントは基本的に「ベルベル人風」の布張りの屋根で、 1テントに7〜8人が一緒に寝る。砂が舞えば寝袋の中まで砂だらけになる。 夜は一桁台まで冷え込み、昼は50℃に達することもある。
医療チェックは出発前に必須。最低カロリー(1日2000kcal以上)を満たす食料、 寝袋、毒抜きポンプ、笛、反射材、コンパスなど 義務装備リスト があり、 これを満たさないとスタートできない。
毎年コースは変わるが、概ね下記のような構成で組まれている。距離は年により前後する。 最大の山場は4日目の「オーバーナイトラン」。これを越えると、景色が一気に変わる。
| Day | 名称 | 距離(目安) | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Day 1 | Stage 1 | 約30km | 足慣らし。スタートライン立つだけで号泣する人多数。涼しい朝からスタート。 |
| Day 2 | Stage 2 | 約40km | 距離が伸びる。暑さと長丁場の両方に初めて向き合う日。 |
| Day 3 | Stage 3 | 約35km | 距離は短めでも、アップダウンと砂丘が本格化。足への蓄積が効いてくる。 |
| Day 4-5 | Long Stage オーバーナイトラン | 約80km | 最大の山場。夜を徹して走る・歩く。早朝スタート→翌日までゴール。 |
| Day 6 | Marathon Stage | 42.195km | フルマラソンの距離。Long Stage明けの身体で走る。 |
| Day 7 | Charity Stage | 約10km | ゴール&表彰。国連UNICEF支援のチャリティステージ。全員同時ゴール。 |
4日目のオーバーナイトランは、このレース最大の試練でありクライマックス。 スタートは早朝、夕暮れから夜にかけて大砂丘や広い砂漠を行く。 翌日を休息日としてビバークで過ごし、身体を回復させる人が多い。 リタイアが最も出やすい、勝負のステージ。
フルマラソン〇時間以内、などのタイム条件は一切ない。エントリー費を払い、医療書類を提出すれば誰でも出られる。
2026年時点。ユーロ相場で1ユーロ180円なら約79万円。円安だと跳ね上がる。
エントリー費+航空券(エコノミーで往復約20万円)+装備+食料+ホテル。最低でも2週間、日本を離れる。
実は意外と多くの人が完走している。辞めるかどうかは、ほぼ「心」で決まる。
日本では年度末で仕事的にハードな時期。そこを乗り越えて行くのがMDS。
1日2000kcal以上 × 7日分。フリーズドライ・モーリヤン・カロリーバーを駆使する。
チェックポイントで1.5L単位のボトルにラベルを貼られて配給。捨てるとペナルティ。
国籍も年齢も関係なく同じテント。ここでできる絆が、帰国後も一生続く。
13時前後から猛烈に暑くなる。帽子の中に濡らした布を入れるのが最強。
砂漠の夜は一桁℃まで落ちる。寝袋は軽さより保温性を優先したい。
ビバーク地では夜はほぼ圏外。日中は拾うこともあるが、期待しないほうがいい。
1986年スタート→2026年で40周年。大会会場の横断幕を見ると涙が出る。
申込みから帰国までの流れをざっくり把握しておくと、1年がとても計画的に動かせる。
毎年5月頃に公式サイトでエントリー開始。定員に達すると締切なのでスピード勝負。 エントリーと同時に、高額のデポジット(数十万円)が引き落とされる。
ザック、シューズ、寝袋を選び、トレーニングを開始。 「気候ラン」を取り入れる人も。夏の猛暑日は最高のトレーニング日。
長距離・連日走・ザック背負って山登りなど。 医療書類(心電図、診断書)も準備する。
羽田→イスタンブール→マラケッシュ→ワルザザード。移動だけで2日。 ワルザザードで一泊、翌朝バスで砂漠のビバークへ。
Day 0(メディカル/ゼッケン受取)→ Day 1〜6 レース → Day 7 チャリティステージ。
ゴール後はワルザザード→マラケッシュ経由で帰国。 最終日の羽田着は夜19時過ぎ。留守にする期間は丸々2週間。
なぜ砂漠にサーフボードを持っていくのか。 答えは単純だ。僕はサーファーだから。
こう聞かれたら、こう答える。
「サーファーです。」
職業は?と聞かれたら「不動産屋です」と答える。 でも、何者か?と聞かれたら、サーファーだ。
だからサハラ砂漠マラソンにサーフボードを持っていく。 「マラソンランナーが砂漠を走る」ではなく、 「サーファーが砂漠を歩く」。 それが、僕のサハラだ。
ゼッケン #167 YOSHITADA。砂漠でシャカ。
「なんでサーフボード?」とよく聞かれる。 目立ちたいから、ではない。 ただ、自分がサーファーだということを、 言葉より先に体で示したかっただけだ。
僕は基本的に口下手だ。 だからサーフボードがコミュニケーションツールになる。 「え?なんでそれ持ってるの?」という反応が自然と会話を生む。 言葉を使わずに、自分を表現できるアイテムだ。
みんな同じ格好をしても面白くない。 どうせなら「え?」ってなった方がいい。 自分らしさを貫くこと——それが一番大事だと思っている。
毎年富士登山に行っている。今でも続けている。 3回目くらいの時に、ふと思った。
「サーフボード、
持って登ったら面白くないか?」
実際にショートボードを持って富士山に登った。 でも山頂付近は風が強すぎて、さすがに危険だと判断した。 そこで翌年に向けて、登山専用のサーフボードを自分で作った。
それからだ。滝行でもサーフボードを持っていくようになった。 登山は当たり前になった。そしてその延長に、サハラがある。 サハラは登山の延長線上にある、ただの次のフィールドだ。
富士山頂3,776m。ご来光とサーフボード。ここから全てが始まった。
登山用として作った初代ボード。「登山用」と書いてある。「明日やろうは馬鹿野郎」も。
滝行でもサーフボード。どこへでも持っていく。
「仕事も遊びも一生懸命 明日やろうは馬鹿野郎」
サハラでは軽量化が命だ。 だから市販のボードは使えない。 使う材料から厳選して、自分でゼロから作る。
ボードを削るのは時間もお金もかかる。 でも本気で遊ぶ時こそ、作るところから始めた方が楽しい。 こういうものづくりが大好きだから、やめられない。
2025年:500g / 2026年:350gまで軽量化に成功。
2年連続で作ったボードは73cmにしていたが、 短すぎて体重がうまく逃げず、ほぼ滑れていない。 滑れない理由はわかっている。
削るところから始める。それが本気の遊び方。
表面
左:2026年 / 右:2025年
裏面
砂漠の砂がまだついている
自分で削ったボードを背負って砂漠へ。
そもそもサーフボードをサハラ砂漠マラソンに持ってくるやつはいない。 だからやる。日本初、世界初シリーズは色々とやってきた。 これもその一つだ。
いつか必ず、サハラの大きな斜面をサーフボードで滑る。 この野望を絶対にやってやる。
「日本で練習すればいいじゃないですか」とよく言われる。 でもサハラ用だから、サハラでしかやらない。 それだけだ。
「2027年は少し長くして、
必ず滑って見せます。」
2026年。仲間と笑いながら砂漠を行く。
結果がわからないことに挑戦する方がわくわくする。 2度失敗している。でも、だから2027年がある。
まあ、男のロマンみたいなもんだ。 くだらないことに全力で向き合う。 それが一番楽しい遊び方だと思っている。
— それやってなんの意味があるの?なんか得られるの?
そんな事は一切関係ありません。
本能的に楽しいかどうか、それだけです。
意味のないことをやり続けていると、
そこにはちゃんと意味が生まれてきて、
その意味を仲間とシェアすることで意義になり、
その意義を積み重ねると美学になり、
その美学を追求すると自分のスタイルになり、
それが自分らしさになるんです。
── Yoshio
サハラ用サーフボードはもちろん、富士山用・滝行用など、 これまでに作ってきたものは全てインスタグラムに載せています。
サーフボードじゃなくていい。 でも、誰でも何か背負っているものはあるはずだ。 それを砂漠に持っていけばいい。
ひとりで歩く時間。自分と向き合う。
背中のものを背負ったまま、前へ。
自分らしく、砂漠に立つ。
「横並びにみんな同じ格好をしても面白くない。
どうせなら、え?ってなった方がいい。」
── Yoshio
マラソンなんて大嫌いだった、フルマラソンすら走ったことがない—— そんな人が、なぜサハラへ行くのか。 この物語は、ある夜のたった一回の「会話」から始まった。
ウチに秘めている言葉ではなく、「言いまくっている言葉」。 だからこそ、色んなところへ誘われる。断れないのも当たり前。 「やれ」と言っている相手は、他ならぬ自分自身なのだから。
やりたい事は、やれる時にやる。「明日」という日は、思ってる以上に来ない。
どっちかを手を抜くのではなく、両方に本気で向き合う。それが生きる、ということ。
知らない世界は、怖い。でも、そこにしかない景色がある。
やってから判断しよう。一度もやらずに「無理」と言うのは、人生に対して失礼だ。
サハラに挑戦してきた日本人ランナーの公開記事・インタビューを読むと、 出場を決めた動機はいくつかのパターンに分かれる。どれも正しい。 あなたの動機が、どれかに近いかもしれない。
タイム制限はあるが、歩いても参加できる。 「走らなくていいなら自分にもできるかも」——これが最多の入口。 フルマラソン未経験から挑戦する人も毎年いる。
「働いてお金を貯めるだけの人生でいいのか」「若いうちにしか使えない1週間」—— 稼ぐのが上手い人ほど使うのが下手、という気づきが背中を押す。
親しい人の「行こう」の一言で決断する人が多い。 1人だと怖いが、仲間と行けば怖さが半分になる。 かつて日本人MDSコミュニティ「Sandonnée」がこの入口として機能していたが、 2025年で運営終了。現在は各ランナー個人のSNS経由でつながる流れになっている。
地守亮さんが語る動機。「3週間の休みが取れて、100万円使って、 とりあえずやってみようっていう変な人たちに会えるのが楽しい」。 人生観が更新される"場"への期待。
癌を経験した後、退職、還暦、定年、子育て終了など、 人生の節目に「自分への試練」として選ぶ人が多い。 完走した人の多くが「人生観が変わった」と口を揃える。
牟田口玲奈『サハラ砂漠に通う』、Number Web・集英社オンライン等の記事、 MDS公式YouTube、富士企画シリーズ——他人の挑戦記録が、 いつしか自分の挑戦に変わっていく。
どちらも正解だ。ただ仲間と行く場合のメリットは大きい。 サハラは8人1テントが基本。同じテントの仲間は、ビバーク中ずっと一緒に過ごす"家族"になる。 日本から集団で参加すれば、初日の夜から心強い仲間ができる。
出発までの1年間、荷物選びや長距離練習を共有できる。迷ったときに相談できる相手がいる。
日本語が話せる仲間がいる安心感。辛い夜に冗談を言える相手がいるだけで、心の消耗が減る。
一緒に完走した仲間は、人生の特別な関係になる。報告会・次年度の挑戦・サポーターへと発展する。
Facebook「サンドネ(Sandonnée)」は、 長年、日本人参加者同士が自然につながる公式コミュニティとして機能していたが、 2025年をもって運営を終了。過去の投稿はアーカイブとして閲覧できる。 今後は各ランナーの個別SNS、富士企画YouTubeの情報発信、大会現地での合流が、 仲間と出会う主な場になっていく。
お金を稼ぐのが上手い人ほど、使うのが下手だ。 仮に余命1か月って宣告されたら、みんな仕事を辞めると思う。 永遠に生きると思うから、働き続けるだけで終わってしまう。 お金は、将来の不安のために貯めていてもしょうがない。
20代の100万と、60代の100万は違う。 若いときのほうがパーっと使える。やりたいこともできる。 年齢を重ねると、歳のせいにして色々できなくなる。 だから、若いときは稼いだお金をちゃんと「使う」練習をしてほしい。 お金を貯めるのは30代からでもいい。
「会社が休めない」って言う人もたくさんいる。でも意外と休めるもんだ。 休めるような配慮をしていなかったり、そういう人がいると攻撃してしまっていたり、 そういう空気をまず壊さないといけない。 ウチの会社は参加費も全部自腹、有給扱いにもしていない。 でも「やりたい事があるのに仕事でできない」は、流石に可哀想。 社長だからいい、ではなく、全スタッフが「生きる」ことをちゃんと考えてほしい。
普段から周りに配慮して、「ごめん!でも他でカバーするから」と言いながら仕事をしていれば、 別に大した問題にはならない。経営者なら、いつかは誰かに任せる日が来る。 サハラは、その練習にもなる。
以前、ロシアの真冬に波乗りしに行こうとなった。 いきなりロシアはハードだからと、いったん2月の北海道に行った。 そして「来年ロシアに行こう」と計画していたら、まさかの戦争。 結局、行けなくなってしまった。
あの時、先にロシアに行っていれば。そういう後悔はしたくない。 やりたい事を先延ばしにすると、何一つ整わない。やれる時にやるべきなんだ。
サハラも同じ。先延ばししても、何も整わない。お金も時間も仕事も家庭も、 「整ってから行く」人なんて一人もいない。 みんなバタバタのまま、決断して、そして飛行機に乗る。
経験者の間でよく語られる話がある。「1回目の感動は1回目しか味わえない。 2回目以降は勝手が分かるから、そんな感動はない」──実際、2回目の参加者は そう覚悟して現地入りする。
それでも、ワルザザードから砂漠へ向かうバス乗り場に並んだ車列、 そこに掲げられるその年の大会の横断幕を見た瞬間、 毎年必ず泣いてしまう参加者がいる。 仲間が集まってくると、また泣ける。
サハラ砂漠マラソンは、単なるレースではない。現地入りするまでに積み上げた 準備・不安・期待の総量が、一気に感情として噴き出す瞬間がある。 スタートラインに立った瞬間、完走した瞬間、そしてその場を去る瞬間も。 こんなにも感情が揺さぶられる機会は、人生に何度もない。
日本出発の前夜から、マラケッシュ、ワルザザード、砂漠のビバーク、Stage 1〜6、 そして帰国までの流れを時系列で整理。出場前の「何が不安か分からない」を、 「何が起きるか」に変えるためのドキュメント。
サハラ砂漠マラソンは、フランスのAOIが主催する「自己完結型ステージレース」。 だが現場では、レース本番の7日間だけでなく、渡航・現地移動・ビバーク生活・帰国までを含む約15日間のプロジェクトとして進む。 このページは、公式情報・参加者の体験談・YouTube動画などから共通する「現場の流れ」を抽出した、時系列ドキュメント。 出発前の準備の目安として、また本番中の「次に何が起きるか」の見通しに使ってほしい。
※ 日付は2026年大会(40周年記念)を例にしており、毎年4月上旬〜中旬で前後する。最新の日程はMDS公式サイトで確認を。
日本からの参加者は、多くが成田・羽田経由で出発する。エミレーツ航空(ドバイ経由)やエールフランス(パリ経由)、ターキッシュエアラインズ(イスタンブール経由)が選択肢に入る。 前泊するか当日入りするかは、集合時間と自宅の位置しだい。空港で他の日本人参加者と合流するケースも多い。
「250kmなんて走ったことがない」「日中50℃を超えるらしい」──直前まで不安は消えない。 これは毎年、誰もが通る心理。経験者も同じ不安を抱えて飛行機に乗っている。
空港ロビーで最終的にパッキングし直す参加者は多い。キャリーとリュックを広げられるスペース(3階の奥など)を確保すると、他の参加者と情報交換もできる。
MDS運営からは「ロストバゲージを防ぐため、レース中の必需品はできる限り手荷物に」とのアナウンスがある。 預け荷物が届かず、そのまま現地入りを余儀なくされるケースが毎年報告されている。
食料にビーフジャーキーや乾燥食材を入れる場合、空港の保安検査で確認される可能性がある。 保安員が無造作にリュックを触ることを嫌う場合は、「自分で出します」と伝えれば対応してもらえる。
モロッコは国としてドローンの持ち込み・使用を禁止している。空港で没収され、帰国時に返却されるが預かり料がかかる(1万円前後の報告あり)。砂漠の空撮をしたいなら、主催者が手配するカメラクルーのカットに期待するか、GoProなど手持ち機材にとどめるのが無難。
日本〜モロッコ(カサブランカ or マラケッシュ)の所要時間はおおむね17〜24時間(経由地含む)。 時差は-8〜-9時間。エコノミーでは狭さ・寒さ・眠れなさに悩まされる。毛布2枚・アイマスク・耳栓・ネックピローはあったほうがよい。
機内食は往路だけで2〜3回提供される。普段の食事量と時差感覚が噛み合わないため、「出されたから食べる」と胃を壊す場合あり。搭乗前に食事を軽めに済ませる判断も有効。
レース後の身体は想像以上に疲弊している。「往路はエコノミー、復路だけビジネスにアップグレード」という選択をする人もいる。移動は30代と50代で全く違う負荷になる。
多くの参加者はまずマラケッシュに入る。旧市街(メディナ)近辺のホテルに宿泊するケースが一般的で、1泊1〜2万円で清潔なホテルが取れる。 モロッコはアルコール提供店舗が少ないため、飲む派は事前に店を調べておくとよい。
夕食はタジン鍋やクスクスなど、モロッコ料理を味わえる最後のチャンス。Google評価の高い店を選ぶと失敗が少ない。屋台は衛生面にばらつきがあるため、本番前の胃腸トラブルを避けるなら店内食の方が安心。
時差ボケ+興奮で眠れない参加者は多い。現地深夜〜早朝に目が覚めたら、その時間で荷物の最終確認をしておくと本番のビバークで迷わない。
マラケッシュから集合拠点となるワルザザード(Ouarzazate)まで、アトラス山脈を越える陸路で約6時間。大会公式バスで移動する。 朝7時前後にホテルの朝食、9時頃バス出発というスケジュールが定番。
車内は冷房が強めにかかっていることが多い。欧米人参加者が多く、体感温度が違うため、薄手の上着は必携。
乗車時に配られるランチセットは、バナナ・みかん・キットカット・クッキー・2Lの水、といった簡素な内容。口に合わない人は自前で用意しておくと安心。
車内アナウンスは英語とフランス語のみ。AirPodsのライブ翻訳を使うと、流れてくる内容が日本語で聞こえる。英語が苦手でも意思疎通の助けになる。
到着は午後3時頃。別ルートで入ってきた日本人参加者ともここで合流する。 日本人参加者は毎年20〜30名前後で推移しており、全員顔見知りになる規模感。
到着日は大会側のプログラムはなく自由時間。現地購入の缶詰やアルコール、日本から持参した食材を持ち寄って夕食会を開く流れが定番。 ホテルのシャワーはお湯が安定しないことがあり、石鹸のみで泡立ちが悪い。シャンプーは日本から持参を推奨。
ホテル代は2万円前後でも、マラケッシュの1万円ホテルより快適度が下がる報告が多い。「一泊だから」と割り切る。
朝9時、大会バスで砂漠のビバーク地へ。さらに6〜7時間の移動。電波はこのあたりから急激に弱くなり、ビバーク入り後はほぼ圏外。 道中は山岳地帯から砂漠地帯へと景色が変わっていく。途中の巨大な岩山は、「地球はすごい」としか言いようのない光景。
集合地点にずらりと並ぶバスと「40周年記念大会」の横断幕を見た瞬間に泣く参加者が毎年いる。 経験者の多くが口を揃えるのは「1回目も2回目も、この瞬間は感動する」。
到着するとベルベル人の音楽隊が迎えてくれる。 各自が割り当てられたテント番号に荷物を置き、同じテントの住人と挨拶を交わすところから本番が始まる。
1テントあたりの定員は8名。日本人参加者は「日本人テント」としてまとめて割り当てられることが多い。 初日は競技がないため、事前購入したアルコール、日本から持参した缶詰や乾麺でテント内で食事会を開く流れが定番。
夜は気温が一気に下がる。日中40℃でも夜は5〜10℃まで冷えることがある。 砂嵐で夜中にテントが潰れることも珍しくない。事前に「こういうものだ」と知っておくだけで、動揺せずに済む。
就寝は21〜22時が目安。翌日のメディカルチェックに備える。
朝9時から、参加者1500人超が順次メディカルチェック・ゼッケン受取・写真撮影を受ける。完了まで半日かかる。 呼ばれるまで各自テントで待機しつつ、リュックの最終調整や食料の小分けをする時間にあてられる。
キャリーバッグはここで預けて、以降は競技用リュックだけで生活する。 日本語が話せるボランティアスタッフが毎年1〜2名いることが多く、手続きで不安な点を相談できる。
荷物チェックはほぼ自己申告。心電図などの必須提出書類は、事前に正しく用意しておけば問題ない。
Day 0の昼食は、レース開始前の「最後のまともな食事」。乾燥食品をお湯で戻すアルファ米や、持ち込んだレトルトパックを温めて食べる参加者が多い。
朝7時スタート。初日は比較的短めの30km前後で設定されることが多い。 最初のエイド(CP:チェックポイント)までは約10km。涼しい時間帯に距離を稼ぐのが鉄則。
走力があれば昼前にゴールできる。多くの参加者は午後早い時間にビバークへ戻る。
名物は「ラクダの隊列」。最後尾にラクダがいて、これより早くゴールするのがルール。 コース上でラクダと前後する展開になると、風下に入った瞬間の臭いが強烈。休憩中に抜かすのが定石。
初日の夜は、テーピング・水ぶくれケア・水の配給受け取り・翌日用の食事準備、と地味にやることが多い。 水ぶくれは「できてから対処」ではなく「できる前に対処」が大原則。
2日目は40km前後。距離が長いぶん、同じテントメンバーや道中で出会った他国参加者と会話しながら歩く時間が長くなる。
サハラの醍醐味の一つは、この「歩きながら話す時間」。お互いの人生・なぜサハラに来たか・次に何がしたいか──時間だけは無限にあるので、濃い対話が生まれる。
水ぶくれはこの辺から本格的に出始める。足のどこに出るかは人による。テーピングとクリームは毎晩貼り直すつもりで、予備を多めに持っておく。
3日目は距離こそ30km前後だが、ほぼ砂漠(砂丘)かつアップダウンが増える。 疲労の蓄積も効いてきて、「なんでこんなことをやっているのか」の自問自答が始まる参加者が多い。
メンタルが揺れる日。「もう十分頑張った、ここで降りてもいい」という声が内側から出てくる。 ここで下りる人と、続ける人に分かれる分岐点でもある。
翌日のオーバーナイトラン(Day 4)に備えて、早めに就寝する参加者が多い。 だが緊張や高揚で眠れないのも定番。眠れなくても横になって身体を休める姿勢で十分。
MDS最大の難所、オーバーナイトラン(ロングステージ)。 距離は80〜90kmに及び、制限時間は30時間以上。日中に出発し、夜を挟んで翌日にかけて進む。
Day 4を越えられるかどうかが、完走と DNF の分岐点。ここでリタイアを決める参加者が一番多い。 逆に言えば、ここを通過できれば完走がぐっと近づく。
途中の大きな砂丘では、サーフボードで滑り降りる挑戦者もいる。 現地のスタッフや他国参加者が驚き、大会の名物シーンの一つになっている。
夜間走行はヘッドライト必須。想像以上に暗く、道しるべは発光マーカー(ケミカルライト)のみ。 冷えと眠気で一時的に判断力が落ちるので、無理せずエイドで仮眠を取る判断も重要。
Day 5は公式の休息日。オーバーナイトランを早く終えた参加者は前日のうちにビバークへ戻るが、 時間がかかった人はDay 5の朝〜昼にかけてゴール。全員が揃ったら、テントで体を休める。
コカ・コーラの無料配給がこの日にある、というのが参加者の間で語り継がれている名物イベント。 自己完結レースの中で、唯一「外から食料が差し入れられる」瞬間。
水ぶくれや爪の処置、ソックスの洗濯、翌日に向けた装備整理など、各自でケアにあてる。
Day 6はフルマラソン距離(42km前後)。オーバーナイトランを越えた後なので精神的には楽だが、脚と足裏のダメージはピーク。
走れる人は走り、歩く人は歩く。ペースは自由。 この日のゴール=実質的な「メダルの保証」になるため、ゴール直後に泣く参加者が多い。
最終日は約10kmのショートステージ、通称「Solidarity Stage(連帯のステージ)」。 参加者全員でゴールラインをくぐる、大会のセレモニー的な1日。
各自のペースで歩き、ゴールではMDSオリジナルのメダルが首にかけられる。 ここでテント仲間と写真を撮り、1週間をかけた戦いを閉じる。
朝、大会バスに乗り込みワルザザードに戻る。 ビバーク→ワルザザードは小型バンで途中まで、途中からベンツ製バスに乗り換える年もある。 道中は砂利道+舗装路のミックスで強く揺れる。
車内でランチパックが配布される。冷えたバナナやマドレーヌ風の菓子パン。 7日間砂漠で乾いたものばかり食べていた身体には、冷たくて瑞々しいものが染み渡る。
1番後ろの窓側は、タイヤハウスの出っ張りで足元が狭いことがある。 1番快適なのは1人席、または日差しと逆側の窓席。 左ハンドル国なので進行方向右側がベター。午後の日差しを避けられる。
夕方、ワルザザードのコスワンホテル(Hotel Kenzi Azghor など大会指定ホテル)に到着。 キャリーバッグを受け取る。ここから各自の宿への移動は自力。日本人参加者が集結するホテルへ移動する流れが一般的。
ここで「水道を捻ると水が出る」「シャワーでお湯が出る」「ベッドがある」という日常のありがたみを全身で噛み締める。 日本で用意してきた味噌汁を1杯飲むと、確実に泣ける。
この日のホテル代は基本的に自腹。参加費には含まれない。 部屋は最低限の設備(冷蔵庫なしの場合あり、エアコンはリモコンなしのこともある)。
7日間の疲労+移動の慌ただしさで、この前後は荷物を忘れやすい。 過去参加者の報告では、コスワンホテルに靴を置き忘れた、タクシーにランチパックを忘れた、といった事例あり。 持ち物は「キャリー・サーフボード・靴・ランチパック・パスポート入り小バッグ・リュック」の最大7点。 移動のたびに数を数えるクセをつけると安全。
ワルザザード滞在を1〜2泊挟んで、往路と同じルートでマラケッシュへ戻る。 身体が回復しきっていないため、再び6時間のバス移動は体にこたえる。
マラケッシュでは、往路では入らなかったお土産店や観光スポット(ジャマ・エル・フナ広場、バヒア宮殿など)を回る参加者も多い。 土産物は、アルガンオイル・サフラン・ミントティー・革製品が定番。
マラケッシュまたはカサブランカから、往路と逆ルートで帰国。所要時間は17〜24時間。 往路とは比較にならないほど身体が疲弊しているので、機内での過ごし方が体調を左右する。
水ぶくれや爪の剥がれが完治していない状態での長時間搭乗になるため、ゆとりのあるサンダルを機内用に用意しておくと楽。
羽田または成田に着陸した瞬間、15日間のサハラが終わる。 ただし多くの経験者が口を揃えるのは、「サハラは終わったその日から、次の1年の準備が始まる」ということ。
リタイアした人は「来年こそ」と誓い、完走した人は「次は走って完走する」「仲間を連れていく」と次の目標を口にする。 この持続する熱量こそが、MDSが他のマラソンと違う点。
答えはYES。フルマラソン未経験でも、サハラ到達者は毎年いる。 サハラで試されているのは、スピードではなく「持続する心と、足の皮膚」。 このページはその両方を鍛えるための準備指針だ。
走れる人はとにかく走る。走らない人は歩けばいい。タイム制限は緩い。 最後尾にラクダがいて、そいつより早くゴールすれば完走。 目指すべきは速さではなく、「7日間、動き続ける」体と心だ。
ジムに通ってダイエットするより、サハラにエントリーしてしまう方が早い。 「やばい!」って思って、色々やるようになる。 これは冗談半分、本気半分のアドバイス。
ここでは「ランナー経験ゼロ〜市民ランナーレベル」を想定。 本気でタイムを狙う人はコーチについたほうがいいが、 「完走を目指す人」には下記が現実的な1年の設計図になる。
まず決める。エントリー締め切りは5月頃。決めないと何も始まらない。
日本の猛暑日は最高のサハラ練習日。 汗をかきまくる経験を積むことで、本番でのパフォーマンスが段違いに変わる。
長時間・長距離を身体に慣らす。スピードは二の次。 「足の皮膚」が耐えられるかがすべて。
サハラは連日動くレース。 1日頑張って走れても、翌日また動けるかどうかが本質。
距離は落として回復優先。本番2週間前は疲れを抜く。 荷物チェック、装備の最終確認、忘れ物リストを何度も見返す。
ここまで来たら、もう準備はできている。スタートラインに立つだけ。
オーバーナイトラン当日、去年「坂で滑って辞めた」あの急斜面を目の前にして登った。 全然余裕だった。「自分の体力は確実に上がったんだな」と安心した。 結果的にCP4で辞めたけれど、去年より20km先まで進めた。
トレーニングは、裏切らない。 やった分は、サハラのどこかで絶対に返ってくる。
体力は準備できる。装備も揃う。でも本番、3日目あたりで必ず「辞めたい」が来る。 これは心が弱いからではない。ほぼ全員来る。
「もう頑張ったし、いいんじゃない?」 「完走はしたいけど、できなくても大したことはない」──そんな声が必ず聞こえてくる。 神様と悪魔が戦う漫画の世界だ。
準備として有効なのは:
「辞める時は、完走した時/大会の課題を達成した時」── あらかじめ"終了条件"を明確に決めておくことで、レース中の揺らぎを封じやすくなる。 多くの完走者がこの手法を使っている。
サハラの装備は「軽さ」と「絶対必要」の戦い。 ここに書くのは机上の理想ではなく、2回走って身体で覚えた装備リストと対策。 帽子の中に入れる布、針で水膨れを抜くやり方、ライト、ローソク、サーフボード。 そして、忘れた歯ブラシの教訓。
サハラには大きく3つの敵がいる。暑さ・水膨れ・砂。 この3つに対する備えが、装備の8割を決めると言ってもいい。
13時頃から猛烈に暑くなる。日中50℃を超える日も。 対策の本命は「濡らした布を帽子の中に入れる」。これが本当に効く。 水を絞るとぎゅーってなる吸水タオルのTシャツ版を帽子に入れて分けたら、テントメンバーから絶賛された。
みんなできる。出来ないようにこまめに足の状態確認&クリーム塗り直し。 靴下を交換するのも有効。 できてしまったら、針で水を抜けばOK。痛みは消える。テーピングは時々剥がれる前提で。
正直、やりようがない。目・口・鼻・寝袋──全てに入る。 夜寝る時はマスクをして寝るのが良さそう(来年実装予定)。 鼻クソは最強に詰まる、これはどうにもならない。
移動中に水スプレーを掛けると最高に気持ちいい。 でも問題は「どう持ち運ぶか」。リュックの横にしか入れる場所がなく、 移動中は届かない。来年は前面アクセスできる位置に固定する仕組みを工夫する。
たまたま持っていたミントの飴が大正解。口の中がヒンヤリして、暑さの感覚が和らぐ。 これは持参マスト。
ネットで見つけた「水を絞るとぎゅーってなる吸水タオルのTシャツ版」を買って持参した。 着るより、切って帽子の中に入れた方が圧倒的に効果的。テントメンバーで分け合った。 これはマジで最高だった。次回も絶対持っていく。
テーピング+クリームで初日は1個(しかもテープが原因)に抑えられた。 でも結局、両踵・左親指・右小指と4箇所できた。 対策しても出るものは出る。だから「出来た後の処理」も覚えておく。
サイズがピッタリだと、指が膨れて脱ぐのが大変になる。 脱ぎ履きでテーピングが剥がれる。長い1日の前は普通の靴下のほうが良い。 オーバーナイトランは5本指を避け、クッション性のあるドライマックス等が推奨される。
クリームは靴下を脱がないと塗り直せないのが面倒。 針で注入するシステムを自作してみたい。 靴下を脱がずにケアできる方法を開発中。
ゴーグルは正直要らない。風はずっと吹いているわけではないし、付けっぱなしは暑い。 ただしコンタクト交換は前回めちゃくちゃ苦労した。今回は風のない時間があったので スムーズに交換できた。風待ち、大事。
目・口にも砂は入る。夜ムニャムニャするとジャリジャリする。 寝るときにマスクをするのが良さそう、というのが今年の学び。 来年は持参してみる。
鼻クソは溜まるし詰まる。これだけはどうにもならない。
ビバークの床は砂利の上に絨毯を敷いてくれてるだけ。 小石は自分で取るしかない。下に敷くマットはあった方が圧倒的に楽だが、その分荷物になる。 この「軽さ vs 快適さ」のジレンマがサハラ装備の本質だ。
公式義務装備+経験から導き出した「あったほうがいい」装備。 機内持ち込みできるものはキャリーではなく手荷物に入れる (ロストバゲージ対策として運営から指示あり)。
ドローンはモロッコで国として禁止。空港で没収される(昨年実体験)。 帰国時に返してくれるが、預かり代として1万円ほど取られる。
ワルザザード/マラケッシュのホテルは、シャンプーや石鹸が無かったり、 泡が立たなかったりする。日本のホテルの当たり前は通用しない。 下記を別パッケージで用意しておくと、文明復帰の幸せが倍増する。
2026年、まさかの歯磨きセット忘れ。みんなには迷惑かけたかもしれない。 汗だらけだから歯磨き粉の匂いとかどうでもいい説もあるけど、 歯磨きセットは小さくて軽いので、絶対に忘れずに。
ユーロも使えるが、ディルハム(モロッコ通貨)のほうが圧倒的に便利。 レストラン、タクシー、買い物すべてディルハム。 ワルザザードの大きなスーパーは Google マップで探せる。 行き帰り両方で寄ることになるはず。行きは食料調達、帰りはお土産。
ホテル代は自腹(レース後の宿泊)。 予約してあるホテルに泊まり、仲間が戻ってくるのを待つスタイルがおすすめ。 部屋を同じにしてもらいたいときは、フロントに伝えておく(通じているかは怪しいが)。
複数のNOTE記事・YouTubeで繰り返し登場する、定番の装備群。 リンクは公式サイトまたはAmazonへ。価格・在庫は必ず最新情報を確認してください (一部リンクはアフィリエイトではなく、単なる情報提供として掲載しています)。
AirPods Pro 2 の翻訳機能(iOS 18.4以降)は、 MDSでのテント仲間・ボランティアとの会話に本気で効く。また GoPro HERO12 やアクションカメラは 帰国後に「サハラを伝える」ための投資として値する。
1日2000kcal以上 × 7日分を、自分で背負う。ポイントは「軽い・美味い・日本人の口に合う」。 疲れ切った夜に食べたいのは、味噌汁とアルファ米と、モーリヤン。 これさえあれば、サハラの夜はご褒美の時間になる。
難しく考えなくていい。日本人にとって、サハラの食の基本はこの3つ。 これに行動食を足すだけで、カロリーは余裕で足りる。
お湯を注ぐだけで白米・五目・赤飯・わかめご飯など食べられる魔法の米。 軽い、腹持ちがいい、日本人の心が落ち着く。味噌汁と組み合わせれば無敵。
お湯を注ぐだけ。身体が冷えた砂漠の夜、味噌汁は魂に染みる。 「日本に生まれて良かった」を毎晩感じる瞬間。忘れずに持っていけ。
自衛隊も使う加熱パック。水不要、ヒモを引くだけで温めるタイプもあり。 ハンバーグ、すき焼き、肉じゃが、ワカメご飯──砂漠のご褒美。
朝・行動中・夜の3つに分けて設計する。 「朝は軽く、行動中に糖質、夜はご褒美」が基本形。
| タイミング | メニュー例 | ポイント |
|---|---|---|
| 朝(スタート前) | カロリーメイト/グラノーラバー/ナッツ/コーヒー | 胃に負担をかけず、糖質と脂質を補給。食べすぎない。 |
| 行動中(CPごと) | ジェル/羊羹/塩タブレット/ナッツ/ドライフルーツ | 30分〜1時間ごとに少しずつ。塩分は意識的に摂る。 |
| ゴール後すぐ | プロテインバー/スポーツドリンク粉末 | 回復のゴールデンタイム。タンパク質を入れる。 |
| 夜(メイン) | アルファ米+味噌汁+モーリヤン | 一日頑張ったご褒美。ゆっくり味わう。 |
| 寝る前 | ナッツ/クッキー/飴 | 夜は冷えるので、軽く糖質を入れて寝ると体温維持。 |
夕食だけはちゃんと頑張ったご褒美として設計している。アルファ米と味噌汁だけでも、 日本から厳選した「美味い」物を持参する。疲れた身体に、日本の味はたまらない。
深夜便でもしっかりした食事が出る。 23:30にカツカレーを食べた後に機内食が来て、腹いっぱいなのに美味しいから食べてしまう。 煮魚美味い、パンもレンジで温めてくれる。 朝食はオムレツ等。フルーツが特に美味い。
昨年は屋台でハズレ。今年はGoogleマップで評価の高い店を選んで大当たり。 モロッコはお酒を出す店が少ないので、飲みたい人は別途探す。 23時から開いている店もある。
Google マップで大きなスーパーを検索すると出てくる。 行きはここで缶詰・網・ラーメン・ローソク・酒などを調達、 帰りはお土産をゲット。
朝7時から。正直パッとしない味だが、これから始まるバス6時間移動のために腹に詰め込む。 お腹を満たしておくことがミッション。味に期待してはいけない。
水はCP(チェックポイント)ごとに1.5Lボトル単位で配給される。ラベルを貼られ、 捨てるとペナルティ。ゴール後のビバークでも配給あり(夜用として)。
問題は「どう飲むか」。一気飲みは吸収されない。少量を頻繁に。 塩分も意識的に摂らないと、水だけ飲んでも汗で出ていくだけで 脱水になる。
寝ているときも喉は乾くし、唇はカサカサになる。 近くにリップと水を置いて寝るのがサハラの夜の作法。 忘れると、朝起きた時に唇が裂ける。
ビーフジャーキーやモーリヤンなどは「本来は持ち込めない」可能性がある食品。 サハラへの挑戦には必要な物なので持参するけれど、 荷物検査で引っかかることはある。
係員がリュックの中身を適当に押し込むことがある。 きれいに詰めたリュックを台無しにされたくない時は、 「自分でやっていいですか?」と冷静に伝えて主導権を取り戻す。
サハラランナーのNOTE記事で繰り返し紹介されている食料と、補給ツールの実製品リンク。 合計14,000kcal以上・軽量・日本人の口に合うことが条件。
マラケッシュやワルザザードの大型スーパー(Marjane / Carrefour)で、 ナッツ・ドライフルーツ・ラーメン・缶詰・水は普通に手に入る。 ただし日本品質のアルファ米・モーリヤン・味噌汁は絶対に現地では買えない。 日本から持参するのが鉄則。
飛行機2本+バス2本+4WD。日本の反対側まで、まるまる2日かかる。 走り始める前に、すでに身体は疲れている。 次はビジネスクラスで行こう──そう心に誓った移動。
2026年実績ベース。エミレーツ航空でイスタンブール経由、マラケッシュからワルザザード、 そこから4WDのバスで砂漠の只中まで。
| # | 区間 | 手段 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 1 | 羽田 → イスタンブール | 飛行機(エミレーツ等) | 約12時間 |
| 2 | イスタンブール → マラケッシュ | 飛行機(乗継) | 約5時間 |
| 3 | マラケッシュ(1泊) | ホテル宿泊 | 1日 |
| 4 | マラケッシュ → ワルザザード | 大型バス | 約6時間 |
| 5 | ワルザザード(1泊) | ホテル宿泊 | 1日 |
| 6 | ワルザザード → 砂漠ビバーク | 大型バス+4WD | 約7時間 |
12時間の機内+5時間乗継+6時間バス+7時間バス──体力消耗がとにかく大きい。 往復で飛行機代は約20万円(エコノミー)だが、ビジネスなら3倍ほど。 サハラは特別なご褒美。仕事を頑張って、来年はビジネスで行こう、と決めた。
運営から「ロストバゲージを防ぐため、レース中の荷物はできるだけ手荷物で」 とアナウンスあり。モーリヤン・ビーフジャーキー・シューズなど、絶対必要な物は機内持ち込み。 荷物検査で引っかかっても堂々と。
ロストバゲージ対応で、レース用の靴を履いて飛行機に乗るのが鉄則。 機内で靴を脱ぐときは、水などをこぼされないよう注意。隣のおばさんの水で靴がびしょ濡れ、は実話。
日本〜モロッコは-8時間。21時に出発して「寝たら5時到着」と思ったら大間違い。 実際は12時間のフライト。時差ボケ対策を計画的に。
毛布2枚でも寒いエコノミー。薄手のダウン系ジャケットがあると安心。 欧米人は体温が高いせいか、バスでも機内でもエアコンがガンガン。
エミレーツは事前オンラインチェックインが可能。慣れていれば並ばず済む。 慣れていなくても時間に余裕を持って行けばOK。荷物検査では自分のリュックの中身に主導権を持とう。
広い空港。案内表示を見てゲートへ。乗継時間の設計は2時間以上欲しい。 ここで先に出発していた仲間と合流できることも。
入国審査と荷物受取。ドローンは絶対持ち込まない。モロッコは国として禁止。 昨年は空港で没収された(帰国時返却だが預かり代1万円ほど)。
大型バスで6時間。途中2回のトイレ休憩。 ランチセット(バナナ・みかん・キットカット・クッキー・水2L)が配られるが美味しくないので、 気になる人は自分で用意。
シャワーも比較的まとも。街並みは賑やか。 夜は2桁台まで冷えるので薄手の上着必須。 Google マップで美味しいタジン鍋が探せる。
コスワン(Kasbah)ホテルなど。シャワー温度が上がらずほぼ水シャワー、ということも。 石鹸しかなく泡も立たない。シャンプーは自分で持参が鉄則。
日本人が戻ってくるホテルへ合わせて予約しておくと合流しやすい。 部屋は同じにしてもらう事。フロントに通じているか怪しいが、答えは皆が来ればわかる。 冷蔵庫はない。水はペットボトルで。
実際に街で使えるのはほぼディルハム(DH)のみ。 レストラン・タクシー・スーパー・買い物、全てローカル通貨だ。 ユーロが必要な場面はほぼない。 両替は空港でディルハムに換えるだけでOK。ユーロは用意しなくていい。
ディルハム(Dirham / DH)のほうがユーロより圧倒的に便利。 レストラン、タクシー、買い物すべてローカル通貨。 空港の両替所で必要分だけ替える。クレジットカードも大型ホテル・スーパーなら使える。
タクシー代はマラケッシュ市内で概ね50 DH(約700円)程度。 ぼられることもあるので、相場観を持っておく。 Uber / Careem などの配車アプリが使えるエリアもある。
レース後の宿泊費は自腹。運営ツアーには含まれないので、注意。
レース後のコスワン〜タクシー移動では、7つの荷物を持ち歩くことになる。 疲労困憊のなか、よくわからない手続きの最中は物を忘れがち。
過去参加者の「置き忘れ」は珍しくない。ホテルにシューズを忘れる、タクシーにランチパックを置いてくるなど。 パスポートだけは何があっても忘れない──それ以外は、失くしたら縁がなかったと割り切る心構えで。
ワルザザード→マラケッシュ→イスタンブール→羽田。行きと逆のルート。 羽田着は夜19時。留守にする期間は丸々2週間。 入国時に没収されたドローンなどはここで返却される。預かり代の支払い忘れずに。
帰国後は疲労でしばらく動けない。仕事の初日は帰国2〜3日後にしておくのが安全。 家族やスタッフにも「復帰までバッファがほしい」と先に伝えておく。
レースはまだ始まっていない。やることもない。興奮だけがある。 だから──ステーキを焼いて、酒を飲んで、キャンドルを灯す。 250キロに挑む前の、贅沢な一夜。
ワルザザードからバスで約6時間。砂漠に到着した日は、実は何もない。 公式スケジュールは翌日から。この「空白の夜」をどう使うかが、旅の質を決める。
| 時間帯 | 何が起きるか |
|---|---|
| 午前〜午後 | ワルザザードからバスで出発。約6時間の移動。 |
| 夕方ごろ | 砂漠のビバークに到着。テントに荷物を置く。 |
| 到着日の夜 | 特に何もない。自由時間。 |
| 翌日(前日) | キャリーバッグの預け入れ、ゼッケン受取、メディカルチェック。 |
| 前日夜 | 前夜祭。皆んな明日に備えて早々に就寝。 |
| レース初日 | Stage 1 スタート。 |
前夜祭は翌日。メディカルチェックも翌日。到着日の夜は公式には何もない。 興奮しているし、眠れないし、何もすることがない。 だったら全力で楽しむしかない。
砂漠に入る前の最後の街、ワルザザード。 ここに大きなスーパーマーケットがある。 お酒も売っている。お肉も売っている。氷も、保冷パックも。
モロッコはイスラム国だが、ワルザザードのスーパーにはお酒が売っている。 ただし19:00にはアルコールコーナーだけ閉まる。 午前中のうちに買っておくのが鉄則。ビール、ワイン、ウイスキー。なんでもある。
普通にお肉も売っている。ステーキ用の牛肉も問題なく手に入る。 保冷パックと氷もスーパーで売っているので、 バスで6時間揺られても肉は保つ。 砂漠でステーキ、余裕でいける。
2026年は現地でローソクを大量購入。テントの周りに並べて キャンドルライトの演出をした。砂漠の夜に灯るキャンドルは、 想像以上に美しい。ホームセンター感覚で探してみて。
BBQの燃料となる固形燃料は日本から持参する。 本来は飛行機への持ち込みは推奨されないが、 少量であれば問題なく通過できることが多い。 自己責任で、でも持っていく価値はある。
実際のステーキ。これで約2,000円。
BBQグリルも売ってる。フライパンも何でもある。
飲み物コーナーも充実。ジュースから水まで。
レースが始まると、食事は変わる。軽くて高カロリーなフリーズドライ、エネルギーゼリー、 塩タブレット。「美味しい」より「走れる」が優先される日々が続く。 飲み物で栄養を取ることもある。味わうための食事ではなく、 身体を動かすための燃料としての食事。
だからこそ、この夜は特別だ。砂漠で食ったら美味いだろうな〜と 日本から持ってきたものを全部出す。缶詰、乾き物、好きなおつまみ。 ワルザザードで買ったステーキを焼く。お酒を開ける。 純粋に「美味しい」と思えるものを、思う存分食べる最後の夜。
「明日からは燃料を食う。
今夜だけは、飯を食う。」
テントの周りにローソクを灯して、固形燃料でステーキを焼いて、ワルザザードで買ったお酒を開ける。満天の星空の下で、250キロに挑む仲間と乾杯する。
日本から持ってきた缶詰も並べる。贅沢なつまみになる。どうせ全部捨てて砂漠に入るのだから、惜しまず使う。重さを軽くするためにも、この夜に全力で消費する。
2026年はキャンドルライトのBBQになった。テント周りにローソクを並べてライトアップ。砂漠の夜風に揺れる炎が、最高の雰囲気を作った。
BBQの道具も、お酒の残りも、缶詰の容器も、全部砂漠に置いていくことになる。 贅沢な遊びだ。でも、これからレースに挑む自分たちだからこそ許される贅沢だと思う。
砂漠に並べたキャンドル。2026年の演出。
焚き火を囲む仲間たち。砂漠の夜は早く冷える。
これがこの夜の醍醐味。日本を出る前から「砂漠で食べるもの」として仕込んでおく。 レース中は口にできないものばかりだから、選ぶだけでテンションが上がる。
焼き鳥缶、サバ缶、ホタテ缶、牛肉大和煮。 重いけどこの夜で全部消費するから問題なし。 スプーンさえあればそのまま食べられる手軽さも魅力。
カップラーメン、チーズ鱈、柿の種、ナッツ。 砂漠のお湯でラーメンを作るのは格別。 「なぜここでこれを食べているのか」という非日常感が最高。
チョコレート、グミ、干し梅。 レース中は補給食として食べるものも、この夜は「好きだから食べる」。 そのちょっとした違いが、この夜を特別にする。
ビーフジャーキー、するめ、チーズ入りの何か。 ワルザザードで買ったお酒に合わせて日本から選んでくる。 仲間と分け合うことも考えて、少し多めに。
ワルザザードのスーパーで買うステーキが主役。 固形燃料で焼くだけ。塩胡椒は日本から持参。 砂漠の夜風の中で食べる焼きたてのステーキは、一生忘れない味になる。
緑茶のティーバッグ、インスタントみそ汁。 BBQの締めに飲む日本のお茶の美味さは異常。 明日から始まる「燃料生活」への静かな覚悟も、ここで決まる。
砂漠に着いた日のBBQは、知らない人とはできない。 ワルザザードのスーパーで一緒に買い物をして、 バスの中で隣に座って、笑いながら移動してきた仲間がいてこそ成立する。
だから事前交流が必要だ。日本を出る前から繋がっておく。 SNSでもいい、オフ会でもいい。顔を知っている人間が多いほど、この夜は豊かになる。
250キロを走り切った後の達成感は、一人でも得られる。 でも砂漠の夜に笑いながら乾杯する喜びは、仲間がいないと絶対に味わえない。
固形燃料の飛行機持ち込みは自己判断で。お酒はテント内での飲酒なので節度を持って。 翌々日にはレースが始まることを忘れずに。飲みすぎ厳禁。楽しむための一夜であって、 つぶれるための夜ではない。
「砂漠に着いた夜は、
何もしない日だ。
だから全力でやった。」
── Yoshio
キャリーバッグを預けて、荷物チェックを受けて、メディカルチェックをこなす。 全部終わっても昼過ぎ。あとは何もない。 だからこそ、この日も全力で楽しむ。
「順番に呼びに来るので待っていてください」と言われるが、 実際は適当なタイミングで行ってしまって大丈夫。 全部終わるまで2時間もかからない。
| 順番 | 内容 | 実態 |
|---|---|---|
| ① | キャリーバッグの預け入れ | 砂の上をトラックまで引きずる。砂まみれ必至。 |
| ② | バックパックの装備チェック | チェックシートを出すだけ。中身は見られない。 |
| ③ | 重量チェック | 15kg以内。軽い人は8kg台、初回は14kgになりがち。 |
| ④ | メディカルチェック | 心電図を提出して質問に答えるだけ。英語は適当でOK。 |
| ⑤ | 写真撮影 | これで終わり。トータル2時間ほど。 |
| 午後〜 | 完全に自由時間 | やることはない。ひたすら楽しむ。 |
砂漠の上でキャリーバッグを引きずってトラックまで持っていく。 砂の上でキャリーを引くのは想像以上に重く、砂まみれになる。 そしてトラックに山積みにされる。
2025年はタイヤが破損した。 だから2026年はサハラ用の安いキャリーバッグを新たに購入した。 いいバッグで来るのはおすすめしない。 壊れても惜しくないもので来ること。
これがそのトラック。山積みにされる。いいバッグは持ってくるな。
指定された必須装備が入っているかのチェックシートを提出する。 それだけだ。実際にバックパックの中身を全部出して確認される、ということはない。
2回経験して言えることは、いらないものは持たずにレースするということ。 これが良い悪いは別の話だ。バレた場合はペナルティがあるとされているが、 現実的にはそこまで厳密ではない。自己判断で。
バックパックの重量は15kg以内が規定。 軽い人で8kg台。初回参加者は不安で詰め込みすぎて14kgになりがち。
ちなみにサーフボード(持参する板)は2025年が500g、 2026年は350gまで軽量化に成功した。 1回目は14kg、2回目は10kg程度。 経験を重ねるほど荷物は軽くなる。
実際のチェックシート。MANDATORY EQUIPMENTの確認。
実際の重量チェックの様子。スタッフがその場で計測する。
「1回目は14kg。
2回目は10kg。
次はもっと削れる。」
2026年 ゼッケン #167 · YOSHITADA。サーフボードとともに砂漠で。
心電図を提出して、いくつかの質問に答える。 たいして英語も話せないので、適当に答えて終わる。 最後に写真撮影をして、メディカルチェック完了だ。
1,000人以上の参加者を1日でさばくフランス人スタッフが、 全員の心電図を精密に読み込む時間はない。 「提出した」という確認がメインになる。 これが良い悪いではなく、現実としてそういうものだ。
蛇毒血清・笛・非常用食料——これらは砂漠で本当に命に関わる。 「チェックをパスするために持つ」ではなく「生きて帰るために持つ」。 それが前提だ。
ここが最大のポイントだ。 この日の昼飯・夜飯、そして次の日の朝飯は軽量化する必要がない。 レース前に全部食べてしまうのだから、思いっきり贅沢していい。
毎年やっていること。千疋屋の桃を持参して、砂漠で一人で「うめ〜」って食べる。 レース中は果物なんて食べられない。 だからこそ、この日のフルーツは格別だ。
フルーツを忘れずに持ってきてほしい。 レースのことだけ考えていると、こういう「楽しむ」ことを忘れてしまう。 でも、楽しむことこそがサハラの醍醐味だ。
先日デパートで1万円以上するカニの缶詰を見た。 普段は買えない。でもサハラという特別な場所で、 仲間と食べるなら話は別だ。
来年はカニを持参すると決めた。 世界一過酷なマラソンに挑む前夜に食べる高級缶詰。 それくらいの贅沢は、むしろ必要だと思っている。
歩く人も走る人も、ここまでは全力で楽しんでいい。 というより、楽しむべきだ。
世界一過酷と言われるマラソンレースに挑戦する。 そういう自分たちだからこそ、できる贅沢がある。 砂漠で千疋屋の桃を食べる。砂漠で高級カニ缶を開ける。 仲間と「なんでこんなとこでこれ食ってんだろ」って笑いながら食べる。
その瞬間が、最高なんだ。
「レースは歩く人も走る人も、
ここまでは楽しんでいい。
なんせ、世界一過酷なやつに
挑もうとしてるんだから。」
── Yoshio
完走記は世の中にたくさんある。でもリタイアした人の風景は、ほとんど書かれていない。 完走率90%。逆に言えば、10%の人だけが見る景色がある。 それと、現場で効いた細かすぎるTipsを全部置いていく。
スタッフに伝えれば、リタイアはいつでも可能。「どこか痛い?大丈夫?」と何度も心配してくれるが、 多くの場合、実は身体はまだ動く。辞めるのは心だ。
「グロッキーです」と言ってしまえば、スタッフは無理に止めない。 心の問題ですなんて説明する必要もない。後は、最後のランナーが通るまでその場で待つだけ。 これが長いのなんの。
スタッフに申告。水をもらう。CPで最後のランナーが通るまで待機。 スタッフがビバークに戻る車に乗せてもらう。
割り当てられたテントで、同居人がまだゴールしていない時間は一人で過ごす。 夕食を食べ、ゆっくり横になる。経験者の多くが口にするのは「不思議と悲しくはない」という感覚。やり切った後の静けさがある。
水をもらうところに集合。署名書類を渡される。 右上にゼッケン、左に氏名・生年月日、下にリタイアした日付、最後にサイン。 「これ以降、MDSは完治しない」的な書類。
8時集合と言われてるが、実際は8時半に来るやつもいる。時間通りに動かなくていい。
砂漠を走るパンパンのバン(日本では絶対乗らないレベル)で5分。 そのあとベンツのバスに乗り換えて6時間、ワルザザードへ。 ランチパックの冷えたバナナとマドレーヌが美味い。
キャリーバックを受け取る。砂だらけ。 そのままコスワンに泊まるか、別のホテルへ移動するか選択。 日本人参加者が戻ってくる合流ホテルへ移動するのが一般的。
バス1番後ろ窓側は、足元にタイヤの出っ張りがあって6時間ずっと足を上げる羽目になる。 ベストは1人席、または右側(運転席の逆)の窓側。左ハンドルなので日差しは進行方向左側から。 乗るタイミング:最初に乗って最後に降りる、は悪手。最後に乗って最初に降りるのが正解。
周りをテントに囲まれた野原。初日は綺麗だが日数が経つと汚れてくる。 椅子が弱くなってくるので、後半は着地に注意。壊れる可能性あり。
ワルザザード移動中のトイレ休憩、小便器の高さが異様に高い。 ちょっと背伸びしないと届かない。心の準備を。
テントが潰れることがある。中の荷物は固まるべき場所にまとめ、 寝ながら飛ばされないように。夜は一気に寒くなる。
砂漠の風の中でコンタクト交換は地獄。風のない時間を待つ。 今年は比較的風のない時間があって助かった。
喉が乾く、唇がカサカサになる。リップと水を枕元に置いて寝る。 これを忘れると朝、唇が裂ける。
英語・フランス語のアナウンスやフロント対応も、AirPodsのライブ翻訳で どうにかなる。英語が話せなくても、これで乗り切れる。
バスでもらえる「ランチセット」はバナナ・みかん・キットカット・クッキー・水2L。 美味しくないので気になる人は自分で用意。
荷物チェックは自己申告、ほぼ何もチェックされない。 心電図はネットに出ているのをコピーして来る人もいる(推奨ではないが)。
水をもらうところにはイヤホン等の落とし物が山のように集まる。 自分のが無くなっていたら、ここで探してみる。
軽いし小さいのに、忘れると1週間歯磨きなし。 経験者が「最大の失敗」として挙げる代表例。準備リストの1行目に書いておけ。
夜のテントの雰囲気がガラっと変わる。現地でローソク調達、 ライトは日本から複数持参。テント内パーティーの必需品。
ビバークは夜は圏外、日中は拾うこともある。記録はメモアプリで十分。 ネット環境が無くてもその日の気持ちはまとめられる。
MDSに挑んだ日本人は、毎年数十人いる。 先に走った人、書籍を残した人、NOTEやブログで知見を共有してくれた人。 このページは、彼らの残してくれた「砂漠の知恵」を、 これから挑むあなたのために、できる限り集めた資料室だ。
1人の参加者の体験には、どうしても「一人分の限界」がある。 一方で、サハラに関わってきた先輩ランナーたちは 連続完走者・優勝者・完全素人・女性ランナー・60代ランナーと実に多様で、 その集合知こそが最も信頼できる参考資料になる。
このページでは、公開されているNOTE記事・書籍・ブログなどから得られる 共通項と、異なる視点を整理した。全ての情報源は末尾にクレジットと共にまとめている。 かならず一次ソースを読みに行ってほしい。
1. まず興味のあるテーマ(装備・食・トレ・心構え)を眺める。 2. 気になる視点があったら、末尾の情報源リストから本人の記事を読みに行く。 3. 何人か読み比べると、自分に合う「型」が見えてくる。
複数の完走者が口をそろえて書いている、装備選びのポイント。 メーカー名は人によって違うが、考え方はびっくりするほど一致している。
7日間で足はむくみ、指先まで砂が入る。 普段のサイズより1〜1.5cm大きいシューズを選ぶのが鉄則。 HOKA Bondiやアルトラなどクッション系・ワイドトゥボックスを選ぶ人が多い。 ゲイター装着必須。
指と指の摩擦を防げるのは5本指だけ。 Injinjiの5本指を選ぶ人が圧倒的に多い。 薄手+厚手の二枚履き、もしくは防砂ソックス等、複数の流派がある。
サハラランナーが指名買いする三大ブランド。 容量は20L前後が主流。 フロントポケットに行動食・ボトル、背面に寝袋と食料を収納する構成。
砂漠の夜は冷えるが、重量との戦い。 コンパクトで軽い高品質のダウンシュラフを選ぶ人が多い。 マット(エアもしくはフォーム)もセットで。
砂丘(エルグ)と岩場(レグ)の区間で、脚の疲労を大きく軽減。 折りたたみ式カーボンが定番。 使わない派もいるが、ロングステージで後悔する人が多い印象。
キャップに後頭部カバー布(サハリアン)が付いているタイプが王道。 首と耳の日焼けが完走率を左右する。 バフ(BUFF)1枚でも代用できるが、常用前提で。
先輩の記事はその年の装備を前提にしている。 コンパス・ホイッスル・鏡・塩タブレット等の義務装備は毎年改訂される。 必ず MDS公式サイトで最新リストを確認すること。
公式ルールは「1日2,000kcal以上 × 7日間=14,000kcal以上」。 荷物総量は6.5〜15kgの範囲内。先輩ランナーのほぼ全員が、 スタート時点で10kg前後にパッキングしている。
| 食材カテゴリ | 先輩達の定番 | ポイント |
|---|---|---|
| 主食(温) | アルファ米(尾西・マジックライス) | 5日目以降の「白米 + 味噌汁」は、ほぼ全員が最高の夜と書いている。 |
| 主食(行動中) | カップヌードル(軽量化)/ジップ入れ替え | 夜のお湯が余った時のボーナスご飯として使う人が多い。 |
| タンパク質 | ビーフジャーキー/プロテインバー/サラミ | アミノ酸サプリと組み合わせる人も多い。 |
| 糖質(行動) | ジェル/羊羹/ドライフルーツ/マース | 暑さで甘い物が受け付けなくなる→塩分系も混ぜておく。 |
| 温かいご褒美 | モーリヤン(自衛隊採用レーション)/味噌汁 | 「日本に生まれてよかった」と毎晩思う瞬間。必ず持て。 |
| ミネラル | 梅干し/塩昆布/塩タブレット(S-CAP 等) | ナトリウム不足は脱水より危険。味噌汁はこれも兼ねる。 |
著書『サハラ砂漠に通う』(Amazon掲載)で有名な牟田口玲奈さんは、 10大会連続完走という驚異的な記録を持つ日本人ランナー。 食については「美味いと思えるものだけを持て」という主旨の記述があり、 多くの先輩ランナーが引用している。栄養より「食べきれる味」が重要、という教訓。
完走者の多くが本番3〜6か月前には週60〜100kmの走行距離に到達。 「量より連続性」が口を揃えるポイント。毎日でも歩く。
出発2〜3か月前からザック8〜10kg担いでの長距離練習を開始。 本番と同じ重さ・同じ靴・同じソックスで30km以上を体験しておくと、 当日の「あれ?」が減る。
土日で20km+30kmのような連日走を入れておく。 7日間連続で動ける脚は、単日ロング走では作れない。
日本の真夏の日中走、サウナ、暑熱順化プロトコル(熱い風呂に入る)など、 暑さに慣らす練習を2〜4週間は入れる。
砂に足をとられる砂丘で効くのは、大臀筋・ハムストリング・下腿。 ランジ、片足スクワット、カーフレイズなどを週2で。
「雨が降った・風邪気味・二日酔い」でも、短くていいから走る。 本番で心折れそうになった時の「やめない癖」は、平時のこの小さな積み重ねで作られる。
複数のNOTEや書籍から抽出した、心に残るフレーズ。 文脈が気になった人は、末尾の情報源リストから元記事を読みに行ってほしい。
どのテーマにも属さないが、複数の先輩が強調している横串の学びをまとめた。
「雰囲気を掴む」「義務装備のイメージを掴む」「日本人の挑戦記録を見る」 — 目的ごとに見るべきチャンネルを整理した。 リンクはYouTube公開動画へ。
不動産投資家・新川義忠さんが、サハラ砂漠マラソンに挑戦する過程をドキュメント形式で配信している人気シリーズ。 「出場決意」→「直前の不安」→「出発」→「完走後の反省と改善」と、 挑戦者の心理変化が時系列で追える。日本語で一番詳しい参加者ドキュメント。
7日間・6ステージの日程、関門時間、持ち物を解説。出場を決めた直後の視聴者への共有回。
出発1週間前の心境。「完走できなくても構わない、挑戦することに意味がある」という覚悟の話。
サーフボードと共に挑む、日の丸背負って灼熱の大地へ。出発当日の空港からのメッセージ。
羽田→ドバイ→カサブランカ→ワルザザード→4WD砂漠。移動だけで丸2日という現実。
必須アイテム・反省点・改善点・戦略。来年に向けての振り返り。挑戦者必見の帰国後レポート。
各大会のダイジェスト・ランナーインタビュー・義務装備説明。まずここを眺めるのが吉。
40周年記念大会のライブ中継・リプレイ。2027年に挑戦する人はここを要チェック。
兄弟で挑んだ2025年大会の記録。再生数1M超の人気作。英語だが映像だけでも伝わる。
2024年大会の海外視点完走記。ロングステージの夜間走行シーンが秀逸。
尾藤朋美さん(女子総合3位)の快挙を日本のテレビが取材したダイジェスト。
日本人トップランナーの視点から、砂漠マラソンや他の挑戦を継続的に発信。
日本人一般参加者の完走体験記。テント生活・水配給・砂嵐のリアル。
レース前夜から開始するエピソード形式。準備の緊張感がリアル。
2025年のレース全体像が掴める英語ドキュメント。2027年出場前の予習に。
動画は1.25倍速で観ると、情報密度がちょうど良くなる。 気になった装備はスクショして「これ、なんだろう?」と検索。 そこから先輩のNOTE記事に辿り着ける事が多い。
実は、一次情報はFacebookに一番溜まっている。 NOTEは「完成された記録」、Facebookは「リアルタイムの独り言」。 誰が来年出るか、誰が何を持って行くか、誰がリタイアしてどう立ち直ったか — 生の空気はこっちで読める。
facebook.com/sandonnee ボランティアが運営してきた、日本人向けMDSコミュニティページ。 大会前の準備情報、大会中の現地レポート、大会後の報告会までが集約されていた。 公式な運営は2025年をもって終了しているが、過去投稿は参考資料としてまだ閲覧可能。 今後の日本人参加者同士のつながりは、各ランナー個別のFacebook/SNSや、本サイト経由の紹介が中心になる。
2021年女子総合準優勝、2023年女子総合3位。 日本人女性で最もサハラに速いランナー。 FacebookとYouTube(TOMOMI CHALLENGER)で 発信。速いランナーの装備・補給戦略を知るなら必読。
世界冒険者・体験記集 81歳〜21歳まで31名(うち完走23名)。 Facebookの個別投稿を含む多様な視点がまとまった宝の山。
Facebookは「知り合い/友達限定公開」の投稿が多い。 友達申請する前に、公開投稿を丁寧に読み、いいね・コメントで関係を作ってから つながりに行くのが礼儀。大先輩ほど「本気の挑戦者」には寛容だ。 コミュニティはあなたの2027年の伴走者になる。
複数の先輩ランナーがNOTE・YouTube・Facebookで名指ししている定番製品のリンク集。 最新価格は各サイトで確認してください。詳細は 装備ページ・食事ページも参照。
下記はMDS挑戦者が参考にしてきた、公開情報のリスト。 先輩ランナーの書き残しがなければ、誰も1回目のスタートラインに立てなかった。 必ず本人の記事を読みに行ってほしい。リンクを踏むのが、最大の感謝だ。
このページは複数の先輩ランナーの公開情報から抽出した「共通項」を要約した資料ノートです。 具体的な数字・個別エピソードを引用したい場合は、必ず各先輩の元記事を直接参照し、 著作権・引用ルールに従ってください。 もし掲載に問題のあるクレジットや表現があれば、ぜひ連絡をください。速やかに修正します。
ここに書かれているのは、いわば地図。 地図を読むだけでは砂漠は越えられない。 装備を買い、走り込み、食料を試食し、仲間を作る。 100人の先輩の知恵を、あなた自身の1歩に変えよう。
サハラは、その中の1つにすぎない。やりたい事を100個書き出した瞬間から、 人生は動き出す。あなたのリストは、何個書けるだろうか?
サハラを本気で目指すなら、まずは人生でやりたい事を100個書き出すのがおすすめ。 達成したら消し、新しいものを増やす。この行為自体が自分との対話になる。 以下は挑戦者の書いたリスト例。参考にして、あなた自身のリストを作ってみてほしい。
完走率はおよそ 90%。それでも 10% は必ず途中で止まる。 1回目でリタイアして、翌年さらに先まで進んだ挑戦者は多い。 大事なのは「1回で決めること」ではなく、「書き出したリストを毎年一つずつ潰していくこと」。 完走するまで、何度でも通えばいい。
100個書き出すのは、意外と大変。でも書き始めると止まらない。 書いた瞬間から、それは「いつかやること」から「やる予定のこと」に変わる。 今日、1個だけでも書き出してみてほしい。
「無事に帰ってくるのか」「怪我をしないか」──送り出した側も、 ずっと不安と隣り合わせ。 でも、日本にいながらサハラを一緒に走る方法がある。 ライブトラッキング、メッセージサービス、SNS、動画──使えるツールを全部まとめた。
送り出す側にとって、「砂漠で250km」というフレーズは十分すぎるほどの不安材料。 でも実際のMDSは、世界で最も手厚く管理された砂漠レースと言われている。 各チェックポイントに医療スタッフが常駐し、ヘリコプター・4WD車両・ドクターが待機。 コース上は必ず先頭車と最後尾車(ラクダを含む)が走行し、「置き去り」は構造上ほぼ起こらない。
完走率はおおむね90%。途中リタイアした人も、自力でレースから外れるのではなく、 CPで申告してスタッフがビバークまで車で送り返す仕組み。 「リタイア=安全圏に戻る」という流れが整備されている。
それでも不安は消えない。だからこそ、日本から状況を追える手段を使い倒してほしい。 以下、使える応援ツールを5種類紹介する。
MDS公式サイトには、レース期間中に毎日更新されるランナー個別ページがある。 ゼッケン番号か名前で検索すると、各ステージの通過タイム、順位、前日比の変動が見られる。
レース期間中、リアルタイムのランキング、通過タイム、ランナー個別ページにアクセスできる。Chromeの翻訳機能で日本語表示も可能。
marathondessables.comライブページへの導線、大会日程、写真、DIXITサービスなどへの入口。レース期間中は一番アクセスが集中する。
marathondessables.comゼッケン番号は出発前の参加者本人しか分からない。送り出し前に必ず聞いておく。 名前のローマ字表記(大会エントリー時の綴り)も控えておくと検索が楽。
MDSには、家族・友人から参加者にメッセージを送れる公式メッセージサービスがある。 大会公式サイトのフォームから送信すると、翌朝ビバークで紙に印刷して手渡しされる。 砂漠には携帯電波がないため、これが唯一「外の世界」からの情報伝達手段。
過去参加者の声から集めた「嬉しかったメッセージ」の傾向: ・日常の小さな話題(子どものエピソード、犬の様子、天気) ・短い応援(「今日もいける」「テント仲間によろしく」) ・日本食の話(「帰ったらラーメン食べよう」) ・意外と効かないのは「頑張れ」だけのメッセージ。具体的な場面が欲しい。
MDSの運営は、レース期間中YouTubeで生配信(LIVE)を行い、 毎日InstagramとFacebookにもハイライト動画・写真をアップしている。 砂丘、スタート、ゴール、ビバークの夜──日本で待ちながら「今、あの地にいる」という実感を持てる。 参加者本人はレース中に見られないが、日本で待つ側は24時間追いかけられる。
レース期間中、スタートライン・主要CP・ゴールラインの生中継が流れる。エイド通過時にランナーがカメラに映ることがある。配信時間は日本時間で夕方〜深夜が中心。
youtube.com/@MarathonDesSables/streams毎日の Daily Highlights、スタート・ゴールの映像、ドローン空撮、参加者インタビュー。レース中は毎晩更新される。LIVE見逃した分はこちらでアーカイブ確認。
youtube.com/@MarathonDesSablesスチル写真と短尺のリール動画。スタートラインの俯瞰、夕焼け、ビバーク設営などが届く。ストーリーはその日のうちに消えるので、朝晩2回のチェック推奨。
instagram.comテキスト込みの情報発信。ランナー個別の結果や、大会全体のストーリーが最も詳しく載る。
facebook.com各CP(エイドステーション)には公式スタッフのカメラが入っている年が多く、YouTube LIVEで通過するランナーを生中継する。 1500人以上のランナーが次々通るので、自分の応援しているランナーが映るかは運次第。 でも日本人ランナーは全体の1〜2%。アジア系の顔+日の丸ワッペンは、意外と目立つ。
だからこそ──出発前に本人に伝えておくのがおすすめ。
・「CPに着いたらカメラを探して、手を振って」 ・「少しその場で水を飲んだり、ゆっくりしてから出発して」(映る時間が伸びる) ・「日の丸ワッペンや日本語のタスキを見えるところに」 ・「テント番号〇〇番と書いた紙を掲げてもいい」
砂漠の真ん中で「日本で見ている家族に手を振る」── これができるだけで、送り出した側にも、送り出された側にも、忘れられない瞬間が生まれる。
YouTube LIVEとDaily Highlightsは、冒頭の集団スタート・CP通過シーン・ビバークの夜・ゴール直前を集中的に映す。 日本国旗のワッペンやタスキをつけている参加者を目印に、一時停止しながら探すと見つけやすい。 ライブ配信はスクリーンショットやチャットのタイムスタンプを残しておくと、後で家族と一緒に見返せる。
一部の参加者は、Garmin inReachなどの衛星通信デバイスを持ち込んでいる。 これは携帯電波が無い砂漠の中でも、衛星経由でテキストメッセージを送受信できる小型端末。 GPSトラッカー機能もあるため、家族側専用URLからランナーの現在地をほぼリアルタイムで見ることも可能。
手のひらサイズの衛星メッセンジャー。月額サブスクで家族とテキスト送受信、位置共有、SOS発信が可能。重量約100g、リュックの肩ひもに装着できる。
garmin.co.jpランナーが設定した専用URLから、家族が位置履歴・現在地・簡易メッセージを閲覧できる。登録不要でアクセス可能。
share.garmin.com衛星通信デバイスは「GPSトラッキング機能のみ」は認められるが、双方向通信(メッセージ送受信)は制限される年がある。 最新のMDSルール(Règlement)は毎年更新されるので、出発前に公式資料を必ず確認すること。 SOSボタンは緊急時のみ使用可(誤って押すとヘリが飛ぶ)。
レース期間中のリアルタイム情報だけがすべてではない。 帰国後、参加者本人や先輩ランナーが動画や記事で振り返りを発信する。 一緒に視聴することで「あの時、砂漠で何があったか」を追体験できる。 送り出した側も「自分の応援は無駄じゃなかった」と実感できる時間になる。
「何があっても連絡は取れる」「もしもの時はこうする」という段取りを、 出発前に決めておくと、送り出す側の不安が劇的に下がる。 チェックリストを置いておく。
送り出してから帰国までの15日間、不安はゼロにはならない。 先に経験した家族たちから聞こえてくる、具体的な対処法を置いておく。
15日間の旅を終えた本人は、想像以上に疲弊して帰ってくる。 体重は3〜5kg落ち、足は水ぶくれだらけ、日焼けで顔は真っ黒、睡眠不足で目は落ちくぼむ。 でも目だけは妙にキラキラしている──これがサハラから帰ってきた人の典型的な状態。
その夜は、お祝いよりも静かに労をねぎらう時間のほうが喜ばれる。 話したい人は勝手に話し始める。話したくない人は、しばらく一人で静かにしたい。 本人のリズムに合わせるのが一番。
・白米と味噌汁と漬物の用意(モロッコ料理はもう十分) ・ゆっくり入れる湯船(シャワーだけの砂漠生活の反動) ・洗濯機を空けておく(砂で埋まったウェアが大量に出てくる)
サハラは走る人だけの挑戦ではない。送り出す人・待つ人・応援する人、 全員の2週間で成り立っている。 「挑戦させてくれてありがとう」──帰国後、本人が必ず口にする言葉だ。
終わったと思ったら、もう次が始まっている。 2027年のエントリーは5月から。 この一年で、あなたの人生に「サハラを背負う」という大きな出来事を 入れてみませんか。
1人で参加することもできる。実際にお一人参加で完走する人も毎年いる。 それでも経験者の多くが「仲間と一緒のほうが何倍も楽しい」と口を揃える。 理由はシンプルだ。
2025年のメンバーとも、2026年のメンバーとも、確実に「仲間意識」がある。 日本にいるときから一緒に準備すると、絆の濃度が違う。
装備の選定、食料の試食、トレーニングの相談。 一人でやるより、わいわい言いながらの方が圧倒的に楽しい。
「一緒に来た仲間」がテントにいる安心感は、計り知れない。 辞めたいと思った時も、踏みとどまれる確率が上がる。
サハラを本気で楽しむには、レース本番だけじゃなく、レース前の準備期間を仲間と共有できるかで体験の濃さが変わる。 「どんな靴がいいか」「トレーニングはどうしてる?」「食料は何を持って行った?」── 些細な質問ほど、経験者に聞くと一発で解決する。1人でネット検索を延々繰り返すより、 事前に繋がっておいた方が圧倒的に楽しめる。
現地のビバークで初めて「あっ日本人ですか?」と出会うよりも、 日本にいるうちから同じ年のメンバーと練習会・情報交換・ZOOMミーティングができていると、 現場に着いた瞬間から仲間がいる状態で始められる。
Facebookには、過去にサハラを走った日本人ランナーが多数集まる非公開・公開グループが存在する。 装備・食事・メンタル・細かいトラブル対応まで、質問を投げれば経験者から具体的な答えが返ってくる。 年に数回、日本各地で練習会や報告会も開催される。
出場が決まると、その年の参加者だけが集まる専用グループが自然発生的に立ち上がる。 参加者リストの共有、共同購入、ZOOM練習会、荷物の重量比較、現地集合時間のすり合わせなど、 出発までの「クラス会」のような濃密な交流が続く。
「Facebookは普段使わない」という人も多い。 でもサハラ挑戦者のつながりは、2025年以降もFacebookグループが主戦場。 Instagram・XなどのSNSでは散発的な発信はあっても、継続的な議論や情報集約はFacebookに集まる。
普段FBを使わない人でも、サハラ用にアカウントを1つ作っておくだけで、 1年間で得られる情報量とつながりの量が劇的に増える。 通知はオフにして、必要なグループだけ定期的に覗きに行くスタイルで十分。
・ザック選び:WAA/RaidLight/OMMなど、実際に使った人の感想 ・水ぶくれ対策:テープの種類、塗り薬、靴下の組み合わせ ・食料:アルファ米の銘柄、モーリヤン、行動食の具体的な重量とカロリー ・保険:どの保険に入ったか、スポーツ特約の扱い ・渡航:航空券の取り方、マラケッシュ前泊の宿、両替タイミング ・現地の裏情報:「去年こうだった」は何よりの財産
※ 具体的なグループは非公開のものが多いため、このサイトで直接URLを載せることはできません。 知人経由、または富士企画などの日本語発信を通じて「サハラ挑戦者グループに入りたい」と声をかければ、招待を受けられることが多い。 かつての日本人公式コミュニティ「サンドネ(Sandonnée)」は2025年で運営を終了しているため、 今後は歴代参加者ネットワーク+年次グループの組み合わせが中心になる。
| 時期 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 5月(前年) | エントリー&デポジット支払い | 定員あり。決めたら速攻申し込む。 |
| 6〜9月 | 装備・食料の選定/暑熱順化トレ | 夏の猛暑日が最高の練習日。 |
| 10〜12月 | 長距離・連日走/医療書類準備 | 20〜30km歩く・走る練習を週末に。 |
| 1〜2月 | ザック8〜10kgでの長距離トレ | 本番想定の重さで身体を慣らす。 |
| 3月初旬 | 装備最終確認・忘れ物リストチェック | 歯ブラシだけは絶対忘れるな。 |
| 3月下旬 | 羽田出発 | イスタンブール乗継、マラケッシュへ。 |
| 4月上旬 | 本番1週間 | Day0〜Day7。生涯忘れない一週間。 |
| 4月中旬 | 帰国・回復 | 復帰までバッファを2〜3日。 |
大丈夫。タイム制限はあるが歩いてもOK。フルマラソン未経験からの完走者も毎年存在する。 必要なのは「1週間動き続ける身体と心」。 スピードではなく、持続力と足の皮膚、そして戦略。
明確な上限はない(医療書類で許可されれば)。 70代の現役ランナーもいる。 逆に若くないと、後悔だけが残る挑戦でもある。
「休めない」と思っているのは、自分かもしれない。 余命1か月って言われたら、みんな仕事辞める。 2週間の留守は、意外と回せる。「やる意味」ページを読んでみて。
エントリー€3,950+飛行機20万+装備+食料+ホテル。 円安や為替でぶれるが、約100万円が現実的な目安。 来年ビジネスクラスで行くなら、+40万くらい。
大丈夫。AirPodsの翻訳機能があれば、ほぼ何とかなる。 日本人ボランティアスタッフも例年1人いる。 日本人参加者も20名前後いるので、孤独にはならない。
過酷だが、医療体制はしっかりしている。 各CPに医療スタッフ、ヘリコプターも待機。 無理せずリタイアすれば、命に関わることはまずない。
大丈夫。テントは7〜8人ひと組で、自然と仲間になる。 日本人ボランティアもいる。ただ、仲間と一緒の方が圧倒的に楽しいのは事実。
全然。完走率90%でも、辞めるのは普通のこと。 辞めた人には辞めた人にしか見えない景色がある(Tipsページ参照)。 「来年もう一回」と思えるなら、それは前に進んでいる証拠。
このサイトの情報は2026年大会時点の経験ベース。 エントリー金額・締切・義務装備は毎年変わる。 申込み前にかならずMDS公式サイトで最新情報を確認してください。
毎年、出版記念BBQ・滝行・物件見学ツアーなど、何かしらの集まりで 「サハラ行きませんか?」と声をかけている。 もし「興味あるかも」と思ったら、知り合いを通じてでも、SNSでも、声をかけてください。 本気で行きたいと思った人を、本気で巻き込む準備は、いつでもある。
2027年のサハラで、お会いできることを楽しみにしています。